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見えない世界

 投稿者:morino  投稿日:2017年 9月13日(水)22時24分15秒
返信・引用 編集済
  この地球に見えるものと見えないものと、どちらが多く存在していますか。

○○対××  どのぐらいの比率か、考えたことが、ありますか。

重力、時間、速度、湿度、意志、感情、思考、感覚、意識、祈り、

人は、ほとんどが 空きめくらで、見えるものしか、見ていません。

自分はいつも、守護霊に包まれているのに。

本当のものは、常に見えない存在ですから。







 
 

自由に生きる。

 投稿者:morino  投稿日:2017年 7月23日(日)21時39分14秒
返信・引用 編集済
   地上で生活していると、誰でも、時間と空間と重力に拘束されてしまいます。

それは、肉体という物質素材の要素なので、拘束から、自由になることができません。

しかも、利己的な所有欲のため、不自由な生活を余儀なくされてしまいます。

しかし、人間は、魂の存在であり、霊的な存在なのです。

これから、重力や時空の影響を受けない非物質の素材に意識を変えてみると、束縛から解放されて、

自由な気分で生きていくことができるでしょう。



 

地上を俯瞰する

 投稿者:morino  投稿日:2017年 7月18日(火)20時06分20秒
返信・引用 編集済
    宇宙から、地球を見る。

 グーグルマップで、世界地図を広げてみよう。ズームインして、日本の地図に、その次に長野県を拡大して、

「富士見町セミナーハウス小野」を検索する。広い森の中の一軒家。ハンモックに揺れている自分の姿を想像して、小さな小さな存在に、意識を集中すると、地球上に生きている生命の不思議さに気づき、宇宙自我が芽生えてきます。

以上のような瞑想を繰り返していくと、何時でもどこにいても、自分を俯瞰している高次の存在に、幽体離脱ができるようになります。


 

人と出会うから

 投稿者:morino  投稿日:2017年 3月23日(木)10時31分2秒
返信・引用
  さて、「人と出会うから、」の人とは、

街に出れば、大勢の人がいますが、それは、風景にすぎません。
人と人が出会うのは、友人であり、心が繋がっていなければなりません。

ヒトと出会うために、サークルに入っていますが、なかなか本性の人(霊人)と出会うことは、難しいものです。

地上における人々のヒエラルキアと天上界のヒエラルキアでは、違いがあります。
天上の天使達が、地上に降りてくる日は、木星紀になるでしょう。
それには、私たちの創造意識が、今の地球紀を木星紀に進化させねばなりません。

地上から、人々が昇天するという、大勢の死が、必要になります。
輪廻を繰り返して、ひとり一人の魂が浄化されていくのでしょう。

結論として、宇宙創造行為のために、人は死んでいくのです。

森の中の大木が、枯れて、倒れると、周囲の若木が、日向の空間に枝を張ります。
枯死した生命は、大地に還って、実生の肥料になります。

森の生命は、輪廻しながら、何千年と生き続けます。森林全体が一つの生命体です。




 

こちらから、あちらの世界へ

 投稿者:morino  投稿日:2017年 3月21日(火)11時44分40秒
返信・引用 編集済
  21世紀の現代の課題は、物質至上主義が基本なので、世界中の国も国民も経済活動に幸福を求めています。
その結果、地球上の資源の分配で、争いが絶えません。

あちらの世界には、上記の悩みは、何もありません。
生きていくために、人生の大切な時間を国家や企業に提供する必要は何もありません。
個人の自由と創造行為によって、芸術と宗教に生き甲斐を感じられます。
音楽や信仰によって、あちらの世界と共通する精神世界に参入することが出来るでしょう。

「あなたの物質の闇を吹きとばしなさい。そうすれば人に出会うから。」
サン・マルタンの言葉です。

精神世界をイメージして、過ごすことができれば、こちらの世界でも本来の人との出会いが、可能になるでしょう。





 

はないかだ(3)

 投稿者:morino  投稿日:2017年 3月 6日(月)10時41分37秒
返信・引用
   残された時間を大切にしよう。
それは無理なことで、納得できない話です。

では、どうすれば、救済できるのでしょうか。
これが、「はないかだ」論法です。

花筏の舟に乗って、大空の旅に出ましょう。
雲のように風になって、ふわふわ浮いていると 暖かい日差しの心地よさが、身も心も魂までも
包み込んでくれます。
ありがとう。ここまで準備してくれていた、守護霊さまに感謝です。

イメージを創りあげていれば、やがてそのようになっていくのが、霊的世界の法則です。
夢をみましょう。
創造力で霊界参入も天国も「光のくに」も実現可能です。
納得できなければ、信じてください。それで、救われます。


 

はないかだ(2)

 投稿者:morino  投稿日:2017年 3月 6日(月)10時29分8秒
返信・引用
  魂の救済をもっと分かりやすく、実践できる方法がないかと思索を重ねてきた結果。
その可能性が見えてきました。
物質的な現実ではなく、未来の精神世界では、イメージすることが、現実に現れてくるので、
如何にイメージするかの練習をしていきます。
まず、「はないかだ」の舟を造るイメージをしてみましょう。できたら、その舟に乗ってみましょう。
自分の体の感覚を観察していきましょう。
体が軽くなって、空に上がっていくような感覚になったら、雲のように自由に空に浮かんでみましょう。
 第一教程は、ここまでです。



 

いま ここに

 投稿者:morino  投稿日:2017年 2月27日(月)00時57分6秒
返信・引用
  インドの哲学者の祖師といわれるシャンカラの言葉で一言論の宇宙観です。

「明日のことを思い煩うな」あすの身体は、どうなるか分かりませんから、いつも悩みは消えません。
明日がやってこないと問題が解決しないのです。
未来は、バーチャルな世界です。今だけが、現実なのです。

「いま ここに」は、瞑想の基本です。丹田に意識の重心を下します。いまある姿だけに意識を集中していきます。自我の存在そのものを思考しましょう。その大きさ、尊さ、ヒカリに溢れている自分が、意識できるでしょうか。

これから、「はないかだ」のイメージ・トレイニングが、始まります。







 

はないかだ

 投稿者:morino  投稿日:2017年 2月23日(木)21時15分26秒
返信・引用 編集済
  さて、この辺で、そろそろ結論に近づいてきました。
信仰による救いとは、キリストを全生命を懸けて信じることです。浄土真宗の名号を唱えて、救いを信じることでしょう。

今の科学の時代では、何も証明されませんので、救済とは、無関係でしょう。哲学的な思考は、概念の遊戯にすぎません。

人智学では、修行により、霊聴、霊視、霊的な合一などの修行の結果、霊界参入の可能性があります。

最終的に「はないかだ」の舟に乗るイメージ・トレイニングが残されています。
これは、次回に回します。

 

キリスト教神秘主義

 投稿者:morino  投稿日:2017年 2月20日(月)21時52分49秒
返信・引用
  長文になるけれど、神秘主義の問題にも触れておかないと、前には進めませんので、一読してください。 ここでは神との「霊的な合一」が取り上げられています。


8 参考文献
聖書上の根拠
キリスト教神秘主義の伝統は、キリスト教史そのものと同じくらい古い。
まず、「ガラテヤの信徒への手紙」(2:19-20)には、次のようにある。
わたしは、キリストと共に十字架につけられています。生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。

キリスト教神秘主義にとって、次に重要な一節は「ヨハネの手紙一」(3:2)である。
愛する者たち、わたしたちは、今既に神の子ですが、自分がどのようになるかは、まだ示されていません。しかし、御子が現れるとき、御子に似た者となるということを知っています。なぜなら、そのとき御子をありのままに見るからです。


(キリストに倣った)人間と神との「霊的な合一」
「鏡におぼろに映った」ようではなく、はっきりとありのままに知覚・経験される「神の完全な姿」
これらの点について、「コリントの信徒への手紙一」(13:12)には、以下のようにある。
わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。


神秘体験は、おそらくイエスの山上の変容の際にも起こった。「この時、イエスは3人の使徒、すなわちペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを率いて、高い山に登り、そこで彼は変容したのである。顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。そこへ、モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合った。そうして、光り輝く雲が彼らを覆い、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。



キリスト教神秘主義の実践
このような神秘現象はしばしば、神秘主義一般に見られるものであるが、キリスト教徒にとっては、強調点が別の所にある。つまり、キリスト教神秘主義で強調するのは、主に、人間の霊的変容である。人間の霊的変容とは、時として強調されるように、人間は「神の似姿に造られている」ので、より完全な人間になる、あるいは人間性をより実現するということである。キリスト教徒にとって、この「人間の潜在性を完全に実現すること」は、イエスにおいて最も完全に果たされており、また他の人においても、イエスとの結びつきを通じて実現される。


この実践道は、「浄化」、「照明」、「合一」という段階を経ると説明され、これらは、肉体、心魂、霊という人間の「人性」の三形態を認識することに対応する。

「合一」の実践は、西洋世界で普通、「瞑想」と呼ばれ、何らかの形で、神と一体になる経験に関わる。



 

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