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チョコ作り

 投稿者:yoshifum  投稿日:2016年 2月15日(月)17時56分27秒
返信・引用
  教会では、チョコ作りをしました。  
 

夏期学校です

 投稿者:yoshifum  投稿日:2015年 8月 4日(火)13時05分22秒
返信・引用
   今年の夏期学校は、苫小牧教会、遠浅教会の合同です。  

初夏の教会

 投稿者:yoshifum  投稿日:2015年 7月 6日(月)23時50分17秒
返信・引用
  空が綺麗です。夕日を受けた教会は美しく輝いています。  

春の教会

 投稿者:yoshifum  投稿日:2015年 4月17日(金)02時40分13秒
返信・引用
  イースターの催しです。  

北見

 投稿者:yoshifum  投稿日:2014年 7月17日(木)17時09分54秒
返信・引用
   6月29日、30日は、北見教会の春の伝道礼拝で奉仕しました。
 30日は、森下先生に案内され、遠軽の教会と家庭学校を訪問しました。
 

春真っ盛り

 投稿者:yoshifum  投稿日:2014年 4月26日(土)12時33分2秒
返信・引用
   遠浅にもいよいよ張るが満開です。  
    (yoshifum) 張るは、「春」の間違いでした。  

春の遠浅教会

 投稿者:yoshifum  投稿日:2014年 4月11日(金)10時33分36秒
返信・引用
  4月も半ばになり、ようやく遠浅にも春が来つつあります。  

冬の遠浅

 投稿者:yoshifum  投稿日:2014年 1月31日(金)13時19分7秒
返信・引用
  遠浅の冬は、雪が少ない。しかし、しばれます。  

秋の訪れ

 投稿者:yoshifum  投稿日:2013年11月 8日(金)16時16分55秒
返信・引用
  遠浅の秋はこんなにきれいです。  

ubxfuuknuqq@gmail.com

 投稿者:ブーツ  投稿日:2013年 9月26日(木)17時07分4秒
返信・引用
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山の水族館

 投稿者:yoshifum  投稿日:2013年 5月 8日(水)10時10分37秒
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  連休最後の日、妻ユリアと共に北見に行く機会が与えられました。北見教会の牧師就職式出席のためです。北見に来たついでに、山の水族館を見に行きました。  

春の日、北星学園

 投稿者:yoshifum  投稿日:2013年 3月27日(水)17時27分31秒
返信・引用
  新しい春の雰囲気です。日の光が、まぶしいくらいです。ようやく、気温がプラスになって来ました。  

イースターを間近に控えて

 投稿者:yoshifum  投稿日:2013年 3月 8日(金)10時25分54秒
返信・引用
   やっと、春の訪れを感じることの出来る今日この頃です。もうすぐ、復活節の主日が近づきます。もちろん、その前にイエス・キリストの受難の時を覚える受難週もあります。そのような季節に3月半ばには、中会の定期中会が開かれます。今後のあり方が問われる時です。十分準備して臨みたい。最近は、春の訪れと共に、心がうきうきする。いよいよ明日から東京行きです。吉原くんとの再会も楽しみです。  

エコリン村

 投稿者:yoshifum  投稿日:2012年 3月25日(日)18時49分11秒
返信・引用
  アルパカです。  

今日はエコリン村でアルパカキット

 投稿者:yoshifum  投稿日:2012年 3月25日(日)18時38分34秒
返信・引用
  雪の日曜日です。でも、妻と二人でラクダ軒で生パスタを食べました。雪景色を見ながら牛達と共にチーズケーキを味わいました。

 

北海道の地で

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2012年 2月17日(金)17時36分26秒
返信・引用
   2010年の4月に北海道に赴任してもう二年目を迎えました。赴任後2ヶ月は相変わらずの独身生活でしたが、その後結婚することが出来、今は、妻と妻の母親との3人での共同生活です。大きな変化は先ず食事です。今まで店屋物が多くて太り気味だったのですが、優しい妻の手作り料理で健康生活です。病院に行っても今までで一番良い状態を維持しています。持病であった糖尿病も克服出来そうです。今は、とにかく聖書の学びと祈りが生活の中心です。小さな地方教会での牧会生活ですが、使命感を与えられて果たしている所です。今後とも祈りに覚えて下さい。近況の写真を掲載しますので楽しんで下さい。  

病院で

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2011年10月21日(金)10時03分50秒
返信・引用
   今日は久しぶりに投稿してみたいと思います。北海道の遠浅に赴任して1年がたちました。体調も良くなって来ましたが、定期検診が必要です。朝から今日は病院です。ちょっと短いですが今日はこれで終わります。  

神学校卒業

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2010年 2月11日(木)18時56分50秒
返信・引用 編集済
   2010年の2月となった。今日、11日は、出席教会である浦和教会で祈祷会の奉仕をしました。午前中の祈祷会で、大半は婦人会のメンバーでした。しかし、今日は、神学生が担当すると言うことで、壮年会からも、4人のメンバーが参加してくださいました。聖書の奨励は、第2コリント4章の有名な「土の器」の箇所でした。最後の18節では、私たちは目に見えるものではなく、目に見えぬものにこそ目を留めるという箇所を学んだ。これは、霊魂不滅ではないことも断った。イエス・キリストにより罪を贖われた者のうちに永遠の命が与えられることであることを説明することが出来た。どうか、卒業後も新たな赴任地で、良い奉仕をすることが出来ますように。
 今日の奉仕では、初めてのように、牧師先生からほめられ、いよいよ船出という感じでした。何人かの婦人会のメンバーは、記念品など下さり、何か別れを意識させられ、悲しい気持ちになりました。今後も祈り支えていきたい思いにさせられました。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

夏期伝道(島原教会)

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2009年 7月23日(木)14時22分24秒
返信・引用 編集済
   島原にもようやく夏が来つつある。しかし、なんと涼しい事だろう。エアコンがほとんど必要ないくらいです。島原教会の礼拝も3回を過ぎ、慣れてきた感じです。祈祷会の奉仕と保育園での朝のお話が1回ずつ出来た所です。まだまだ、御言葉の学びもまだまだです。明日は、月一回の家庭集会での奉仕となります。詩篇の42編を学びたいと思っています。有家町の教会員のお宅での家庭集会です。写真は、20日に尋ねた長崎市外海の景色です。遠藤周作記念館もあり、カトリックの教会もありました。
 島原教会での奉仕も、少しずつ、慣れてきた。新しい求道者の来会や以前からの求道者の洗礼を祈り求めます。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

Re: 心くじけて

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2008年12月25日(木)23時58分15秒
返信・引用 編集済
  > No.105[元記事へ]

H・Nさんへのお返事です。

> お返事ありがとうございました。あまりにも虚しい自分に行き場がなくて、日記のように書き残してしまいました。長いこと更新されていないHPようでしたので、安心して書いてしまいました。
> 心がくじけるとき、思うといつも詩篇を読んでいるような気がします。涙を流しながら神様に祈っているダビデの姿を自分と重ね合わせています。今の私の心を言い当てているのは102編です。最初に「祈り。心くじけて、主の御前に思いを注ぎだす貧しい人詩。」という但し書きがついています。ここを最初に読んだとき、こんなに心に響く但し書きがあったのかと驚きました。

僕もこの詩篇には、慰められます。いつも、どんなときでも、神の御許を離れることが出来ないのが、私たちクリスチャンのような気がします。どんなに、孤独なときでも。

> 廃墟のふくろうになった・・・

誠にそんな自分をしばしば見出す。ような気がします。確かに、詩篇の中には、人生の全ての場面で生きる神の人の姿を見せられます。

> これは祈りなんですね。恨みでも愚痴でもなくて。
> 「心くじけて御前に思いを注ぎ出す貧しい人の祈り。」
> どんなに他人を受け付けられない頑なな心になっても、こんなふうに神様を友として、その惨めな心を余すことなく注ぎ出すことのできるこの人の祈りを読むと、私にも救いが与えられる気がします。
>
> 神様の恵みに身を委ねるって、そうことなんでしょうか。

そうですね、神様の恵みは、いつも私たちから離れないと思います。良いときも悪いときも神の恵みであると知らされるとき、心は安らぎますね。

あと少しで2008年も終わりますが、今年も色々成長の節目を与えられる年でした。H.Nさんの内にも良い年の暮れと新年が来ますように!!

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心くじけて

 投稿者:H・N  投稿日:2008年12月25日(木)22時12分59秒
返信・引用
  >今も、神の御手の中にあることを覚えられれば、それが恵みと感謝できるのではないでしょうか。どうか、その空しさの中から、恵みに身を委ねることが出来れば、それこそ、実感できるのではないでしょうか。

お返事ありがとうございました。あまりにも虚しい自分に行き場がなくて、日記のように書き残してしまいました。長いこと更新されていないHPようでしたので、安心して書いてしまいました。

心がくじけるとき、思うといつも詩篇を読んでいるような気がします。涙を流しながら神様に祈っているダビデの姿を自分と重ね合わせています。今の私の心を言い当てているのは102編です。最初に「祈り。心くじけて、主の御前に思いを注ぎだす貧しい人詩。」という但し書きがついています。ここを最初に読んだとき、こんなに心に響く但し書きがあったのかと驚きました。

廃墟のふくろうになった・・・

これは祈りなんですね。恨みでも愚痴でもなくて。
「心くじけて御前に思いを注ぎ出す貧しい人の祈り。」
どんなに他人を受け付けられない頑なな心になっても、こんなふうに神様を友として、その惨めな心を余すことなく注ぎ出すことのできるこの人の祈りを読むと、私にも救いが与えられる気がします。

神様の恵みに身を委ねるって、そうことなんでしょうか。
 

Re: いと小さき者

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2008年12月24日(水)21時57分51秒
返信・引用 編集済
  > No.103[元記事へ]

H・Nさんへのお返事です。

> ミカ書5:1に、ユダの氏族の中で一番小さいベツレヘムの中から、イスラエルを治め
>る者が出る。とイエス様のご降誕の預言が書いてあります。あなたはいと小さい者。だか>らわたしはあなたを選んだと。神様の選びはいつもとても不思議です。

新約聖書の中では、神の選びと召しとが不変であることも語られています(ローマ書11章29節)それは不従順なイスラエルの民に対するものでしたが、、、。神の憐れみを受けるためであると後に語られます。また、8章28節では、神に召されたものにとって全てが益になるように働くことも述べられています。神の導きに委ねることだと思います。今、その過程かも知れません。

>いと小さいことを私も喜んでいいはずなのに、今の私にはそれができません。クリスマス>なのに、自分はこんなところで一体何をしているんだろうと罪責感でいっぱいになりまし>た。

その罪責感さえも神の導きであるとしたらどうでしょう?

>自分が取るに足らない、無力で、無きに等しい者なのだということを身にしみて感じまし>た。小さい者であることがとても悲しかった。

そのような気持ちを与えるためなのかも知れません。きっと、そうでしょう。

>どうしたら神様はいと小さき者の味方であり、小さき者に恵み深いお方であることを実感>できますか?

今も、神の御手の中にあることを覚えられれば、それが恵みと感謝できるのではないでしょうか。どうか、その空しさの中から、恵みに身を委ねることが出来れば、それこそ、実感できるのではないでしょうか。足りないアドバイスでしょうが、祈りの内に受け止めていただければ幸いです。また、書き込みしてください。H.Nさんの上に祝福がありますように!

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

いと小さき者

 投稿者:H・N  投稿日:2008年12月23日(火)23時41分19秒
返信・引用
  ミカ書5:1に、ユダの氏族の中で一番小さいベツレヘムの中から、イスラエルを治める者が出る。とイエス様のご降誕の預言が書いてあります。あなたはいと小さい者。だからわたしはあなたを選んだと。神様の選びはいつもとても不思議です。いと小さいことを私も喜んでいいはずなのに、今の私にはそれができません。クリスマスなのに、自分はこんなところで一体何をしているんだろうと罪責感でいっぱいになりました。自分が取るに足らない、無力で、無きに等しい者なのだということを身にしみて感じました。小さい者であることがとても悲しかった。どうしたら神様はいと小さき者の味方であり、小さき者に恵み深いお方であることを実感できますか?  

京都夏期伝

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2008年 7月18日(金)09時32分34秒
返信・引用
   ただいま、京都の吉田教会で夏期伝道を行っています。神学校3年生からのカリキュラムです。牧師の鈴木先生より、日々牧会の秘訣を伝授されています。日常生活は、川越の神学校と同じように毎日のウオーキングで支えられています。昨日は京都の有名な祭りである祇園祭が華やかに催されました。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

感謝です

 投稿者: あだち  投稿日:2008年 2月13日(水)19時21分1秒
返信・引用
   失礼いたします
      「ビジネス&バイブル研究」 のご案内です
          ご笑覧ください。
     http://www4.ocn.ne.jp/~kokoro/
 

クリスマス間近

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2007年12月15日(土)09時24分9秒
返信・引用
  久しぶりの投稿です。神学校も2年目を迎え、浦和教会でのクリスマスも二度目となります。今年も青年会の劇や日曜学校の教師劇など準備が急ピッチで進められています。盛り上がります。神学校では、冬休みのはじめ12月1日にオープンハウスを行い、讃美礼拝の時を近隣の教会の兄弟姉妹や大会事務所の方々、神学校の校長はじめ講師の方々とともに祝うことが出来ました。写真を添付します。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

ゴールデンウィークの週末

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2007年 5月 5日(土)11時11分22秒
返信・引用
   今朝は、三日連続の良い天気です。一昨日は東武東上線に乗って小川町まで行き、そこからバスで登山口まで移動。のんびりと一人ハイキングでした。5月25日に遠足があるので、その下見も兼ねていました。久しぶりの山歩きで疲れましたが、とても気持ちの良い一日でした。機能は、その結果処理と計画案の作成でした。今日は、再来週16日の聖書研究会の奨励の準備をしたいのですが、中々進みません。と言うところで、ブログでもいじろうかとそういう気分です。では、また。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

ほぼ徹夜の朝

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2007年 2月 1日(木)06時29分14秒
返信・引用
  今朝は、ヘブル語の予習でほぼ徹夜でした。まだ残っているので今日はこの辺で。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

自閉症の少年の物語です。

 投稿者:田口紀生メール  投稿日:2006年10月26日(木)23時16分37秒
返信・引用
  ポチよ 泣かないで 面白い「なぞとき小説」です

少年は苦悩の果てに忠霊塔の闇に非情の道を誓う。
英霊と共に日本の取り戻すべき「光」を探す旅路…

心の闇の謎解き 生きる意味を求めて彷徨う放浪記。
暗闇に閃く謎の妄想 「光の真意」を尋ねる回想小説

http://homepage1.nifty.com/designb2/sumpshowsetu1.html

 

数学会の発表を終わって

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2006年 2月15日(水)07時22分57秒
返信・引用
  課題の数学会の発表が終わって一段落ですが、ちょっと気抜けするところもあります。もう一回気持ちを入れ直して、論文作成と神学校受験準備と荷物の整理に入らなければ、、、、、。ちょっと落ち着きません。不安もあるが、未知の将来に期待もふくらみます。その上、卒業後の赴任先について、八女教会や(久留米)犬塚教会からも打診あり、ちょっとうれしい気持ちもあります。
 しっかりした歩みが出来るよう祈るばかりです。  では、今日はこの辺で。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

出発

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2006年 2月13日(月)21時05分11秒
返信・引用
  いよいよ、出発の時が近づいている。4月からの新しい歩みの為に準備が少しずつ動いている。3月には東京で入試がある。筆記と面接で、面接後には結果が出る。ほぼ決まっているのかもしれないが、通り過ぎなければならない。
 また、東京では、姉の、マンションで東京の親族達とも親交を暖めたい。久しぶりの再会だ。いろいろあるが、楽しみである反面、未知の部分は、不安もある。
 では、今日はこの辺で。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2006年 2月 6日(月)08時52分23秒
返信・引用
  少しずつ書き込みを再開しようと思っています。いやなこと、困ること、いろいろ書き込んでください。自分の考えを押しつけることは、やめようと思います。しっかりとした自分の信仰はあります。それは、自分との戦いであり、また、世との戦いです。決して魂を傷つけるためのものではありません。では、再出発します。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

神学校

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2006年 2月 5日(日)07時27分49秒
返信・引用
  いよいよ、3月には、川越市にある神学校の入学試験です。学科と面接を終えたらその日に結果が知らされます。順調に行けば、4月からは、東京暮らしということになります。引越しの準備を少しずつしているところです。また、東京行きと前後して、数学会での発表を2月の11日に控えて、そちらの準備は、急ピッチです。今後にも、役立つのではと、感謝して続けていくつもりです。今日は、朝から八女市の教会に出かける予定です。牧師先生も3月いっぱいで東京に帰られる予定です。これからの歩みを主にゆだねて、誠心誠意仕えてゆくつもりです。主の恵みが豊かにあるように。では、今朝はこの辺で。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

主をほめ讃えます

 投稿者:satoメール  投稿日:2005年12月 3日(土)16時58分17秒
返信・引用
  yoshifum兄弟のためにお祈りさせていただきます。

天のお父さま 神さまは長らく主の器としてyoshifum兄弟を導いてこられました。
いよいよ決心が与えられて学びに入られますから、格別にこの兄弟を整えてください。
霊肉を守り、あたらしい生活の必要を備えてください。
主に人生をお捧げして悔いなしの、その想いを神さまが与えてくださいましたから、
苦手な語学の学びも、全て最後までやり通す力も与えてくださると確信をいたします。
どうか平安のうちに、大きな希望と喜びをもって入学できますように、
主が通り良き管としてお用いくださいますように卒業をさせてください。
感謝と祈りを持って、愛するイエスさまの御名によってお祈りいたします。アーメン。

大きなチャレンジですね。素晴らしいです。続けて祈っております。(^^)/

http://www.d6.dion.ne.jp/~r_sato/

 

sato さんお久しぶりです。

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2005年12月 3日(土)10時35分44秒
返信・引用
   お母さんが倒れられたとは、大変ですね。私の母親も、もう、大分年で、実家の方で長兄の世話になっています。自分の方が大変な状態なのに、いい年をしたこちらの方の心配をしてくれます。アルバイトもされているのですか?健康にだけは、気をつけてください。
 教会生活の方は、移籍をして約一年を迎え安定をしてきました。また、来年4月の神学校入学に向けて準備をしています。9月に一度下見に行ったのですが、なかなかよいところでした。東京といっても埼玉の川越に校舎はあり、東洋大学のキャンパスに隣接している、閑静な場所です。東武東上線の霞ヶ関駅から歩いて15分くらいのところです。今年、カルヴァン研究所も開設され、来年からの研究を楽しみにしています。でも、実際のところは、語学の勉強に不安感もあります。
 21才で献身を決意し、10年で挫折し、その後20年ぶりの再献身となります。残る人生は、主に捧げて悔いはありません。逆に、この年になっても受け入れてくださることに、感謝でいっぱいです。
 では、今日はこの辺で。お元気で。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

ご無沙汰でした

 投稿者:satoメール  投稿日:2005年11月29日(火)23時07分3秒
返信・引用
  お元気でおられますか。
当方は4月の連休前に母が脳梗塞で倒れ、以後看病の毎日です。
仕事の他にアルバイトの掛け持ちをしているような状況で疲れがでております。

きちんとした教理の学びをされているとのこと、得難い機会と存じます。
霊も知も満たされるのは本当に感謝ですね。
神学校への導きにも豊かな祝福がありますように、心から祈っています。
また遊びにきます。(^^)/

http://www.d6.dion.ne.jp/~r_sato/

 

現状

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2005年 8月22日(月)21時05分17秒
返信・引用
   8月22日、月曜日です。現在、高校の数学教師をしながら、八女にある日本キリスト教会に通っています。以前の所属教会、佐賀キリスト福音教会から昨年の10月に移籍しました。4年前牧師先生が亡くなり、変則的な教会生活が続いていましたが、明確に新しい教会生活の再開となりました。以前の教会は単立のプロテスタント教会でしたが、現在の教会は、明治に横浜で設立された日本最古のプロテスタント教会、日本基督教会の後継教会ということで、教会の規模も大きくきちんとした信仰告白の元に運営されています。また、以前から呼んでいましたカルヴァンのキリスト教綱要にきちんと基づいた改革派の教会となっています。
 今現在神学校への入学を目指して準備中です。しかし、9年間に及ぶ教師生活でいろいろなカードローンを利用した消費生活の付けで借金の処理が大変です。この準備のうちにも、御心が働くことを信じて行動中です。
 今後のことは、随時書き込んでいきます。では、また。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

訂正

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2005年 5月14日(土)09時09分5秒
返信・引用
   本当に久しぶりで、間違いが多いです。リンク先が間違っていました。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

全く久しぶり

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2005年 5月14日(土)09時05分41秒
返信・引用
   本当に久しぶりの書き込みです。いろいろ状況の変化があり、書き込みをサボっていました。自分自身が相談を受けなければならないような状況ではないかと思ってしまいます。昨年の秋より所属する教会が変わりました。その後、勤務先も新たになり、変化の年となりました。
 現在は、今までの単立教会ではなく、全国的な広がりのある大きな教会に移りました。とはいっても通う教会の規模は、以前よりもはるかにこじんまりしています。改革派の教会で親切な牧師さんとともに、現在は礼拝だけでなく、水曜日の祈祷会では、カルビンのキリスト教綱要を牧師さん、そして、もう一人の兄弟とともに呼んでいます。
 いろいろ書きたいことはあるのですが、今日はこの辺にしときます。ではまた。

http://d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

「聖書とDNA」のご案内

 投稿者:あだち  投稿日:2004年 9月25日(土)09時34分25秒
返信・引用
 
    聖 名 讃 美

    「勝手メール」をお許しください。

   ■□■□■□■□■□■□■□■□

   「アルコール中毒」「先天性高血圧」

   「サラ金地獄」 という罪のDNAを

   聖書の「御言」によって打ち砕かれた

   者の「証」です。
 
      http://kokoronet.org/message
      ―――――――――――――
        http://kokoronet.org/
 
              安達三郎
 

こんにちは

 投稿者:さとみメール  投稿日:2004年 8月13日(金)00時22分56秒
返信・引用
  一連の書き込みを読んでいて、感じたことを一つ書かせていただきます。わたしは趣味で絵を描いています。クラシックですが、音楽は大好きです。疲れているときやこころが不安定なとき、大好きな絵を描いたり、美しい音楽を聴いたりしていると、こころが落ち着いてきて、ほっとします。わたしにとっては最高の癒しの時間です。ただ、深い部分では本当にはいやされていないことを感じます。一時的にいやなことを忘れただけです。詩編にこういうのがあります。
 
         わたしは常に主をわたしの前に置く
         主がわたしの右にいますゆえ、
         わたしは動かされることはない
         この故に、わたしのこころは楽しみ、わたしの魂は喜ぶ
         わたしの身もまたやすらかである
                     (詩編16編8-9)

まさにこれですね。わたしがいらついたり、不安定になってるときって、主の前にわたしを置いているときなんですよね。主と祈りで交わり、自分のすべてを主の前に注ぎだし、「きっと主が道を開いてくださる」と言う信頼感が芽生えているときはホントに至福の時です。
同じ作者はこうも言ってます。

        わたしは主に言う、「あなたはわたしの主
        あなたのほかにわたしの幸いはない」と。

わたしも全く同じ心境です。主はほむべきかな
 

久しぶりです

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2004年 8月 1日(日)17時16分49秒
返信・引用
  さとみさん。初のの書き込み、ありがとうございます。何気ない会話でも、かえって力こぶが入っていないが故に、和みます。人に教えることなどないですが、共感することはできます。いろいろ急がしいい仕事の中で人を受け入れることをおろそかにしてしまうことがあります。反省する今年きりです。また、書き込みください。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

 初めまして

 投稿者:さとみメール  投稿日:2004年 7月27日(火)00時52分50秒
返信・引用
  初めておじゃまします。わたしはクリスチャンになって、もう20年以上たちます。でも、未だにいろいろなことで迷ったり、つまずいたりしています。ずっと仕事がありません。思うように仕事が見つからないいらだちを弱いペットたちや家族にぶつけてしまいます。でも、こういうときこそ、聖書の言葉に耳を傾けるべきなんですよね。暇で時間が余っているときこそ、本当にすべきことができることなんですよね。頭ではわかっていても、いちにちたってみると、やっぱりだらだらと過ごしている自分を発見してしまうんです。こんなわたしをも見捨てず愛し、許してくださる神様がいるってなんてすばらしいこと。そして、わたしの周りには、愛すべきすばらしい人たちをおいてくださっていることに気づくとき、わたしはなんて恵まれているんだろうとホントに感謝の思いがあふれます。わたしは苦しいときこそ、神様により頼んで生活したいです。そして食いのない毎日を過ごしたいです。  

(無題)

 投稿者:さらさ  投稿日:2004年 3月 6日(土)18時09分9秒
返信・引用
  私が芸術について書いたのはたった一行だけですが何で固執になるんですか?yoshifumさんにはその他、些細な他人の自分とは違う考えを、教義に当てはめて、クリスチャンとの線引きをすることで「相談」ということにしているように思います。まるで、クリスチャンではない人はろくでもないような口ぶりです。この件に関しては、牧師さんに相談に行きました。牧師さんはyoshifumさんのように自分の考えが絶対で、それ以外はつきはなしたような相談の仕方ではありませんでしたよ。なにはともあれ相談にのろうとしてくださったことには感謝します。ですが、もう書き込みはしません。  

異端

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2004年 3月 2日(火)23時08分8秒
返信・引用
  教会の歴史の中で異端問題は繰り返し現れています。新約聖書に述べられているものだけでも、ユダヤ教的なものから、グノーシスと呼ばれたギリシャ哲学風のもの、その他かつてクリスチャンであったニコラオによって導かれたものなど様々です。
どこが分かれ目かと申しますと、キリストをありのままに受け入れられず、何かの説明をしようとするところにあるように、私には思われます。キリストを受け入れるときは、音楽も、絵画も、その他のどんな芸術も、入り込む余地はありません。ただそこにあるのは、自らの罪と、圧倒的な神の恵みと、愛だけです。
結果として、キリストを信じた結果として、音楽や絵画やその他の芸術を通して表現されることは、よくあります。水を差すわけではありませんが、それらを通してキリストを知ることはよくあることですが、それに固執することは避けるべきではないでしょうか?
そのような状態は、キリストを信じている状態とはいえません。そこには、やはり、自分しか居りませんから。やはり、キリストを信じたときは、自分を離れざるを得ませんから。その区別がつかないときは、危険な状態といえなくもありません。あえて、クリスチャンという名前にこだわらず、そのものとして認めればいいのではないでしょうか。
ちょっと話がくどくなってしまったかもしれません。今日は、この辺で。また。今度。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

(無題)

 投稿者:さらさ  投稿日:2004年 3月 1日(月)21時47分38秒
返信・引用
  私は昔、幼稚園の頃、カトリック系の幼稚園に通っていました。シスターが園長先生で神父さんは時々隣の教会におられましたが、いつもおられたわけではないようでした。子供の頃の環境のせいなのかおいのりの言葉を唱えると心が少し休まります。接した回数でいくとお経の方が多いはずなのですが、お経を唱えてもそんな気持ちにはなれません。子供のころはマリア様が大好きでした。園児向きにマリア様の曲があって、いつも歌っていました。幼稚園を卒業してからはキリスト教からは完全に遠ざかっていました。でも大学に入ってからプロテスタントの先生にキリスト教思想の授業をならい、もう一度出会いました。私は詩と小説を書くのですが当時はキリスト教に強く影響された作品を書きました。ある日マグダラのマリアという人を絵画で知って、自分で図書館などでどういう人なのか調べました。調べているうちにすっかり好きになってしまいました。私が知っている中で一番好きなキリストのお話はたくさんの人たちがマグダラのマリアに石を投げていたときのお話です。このお話を思い出すと涙が出ます。これだけではやはりクリスチャンへの道は遠いですか?ところで、私が習った先生はよく異端というふうに人から言われるのだそうです。他のクリスチャンと違う思想を持っていたらそのように言われがちなのですか?その先生がなぜそう呼ばれるのか私はクリスチャンのことをまだよく知らないのでわからないのですが。すごくいい人だったのに。ちなみに私がクリスチャンになれる日がくるとするなら、私は異端になってしまうかもしれません。前回も書いたのですが、よくクリスチャンの人が言っておられることとは違うふうに考えていることがたくさんあるからです。一つ一つ言っていると長くなってしまうので、今日はこのへんで。  

キリスト教?

 投稿者:yoshifumメール  投稿日:2004年 2月29日(日)23時50分52秒
返信・引用
  教会は、キリストの御体であると、聖書の中には説かれています。プロテスタントもカトリックも人間の決めた名前です。要は、そこにキリストがともにおられるかどうかです。「さらさ」さんも、実際にキリストに出会われることができるように祈ります。自分に都合のよい方かどうか、それは解りません。もともと、そのような求め方は、されていないかもしれませんが、、、。はじめから、教派がなんだ、キリスト教は、どうだとあまり考えられない方がよいと思います。キリストを信じておられない「さらさ」さんの中に、様々の日本の習慣や、宗教観、家の宗教など、混在していて当然です。イエスキリストを信じ受け入れるとき、「さらさ」さんの新しい歩みが始まると思います。
 ちょっと、唐突にこのように申し上げても、よくおわかりにならないでしょう。これから、じっくりお話ください。では、今夜は、手短にします。

http://www.d1.dion.ne.jp/~yoshifum/

 

キリスト教

 投稿者:さらさ  投稿日:2004年 2月29日(日)22時23分49秒
返信・引用
  はじめまして。私は今のところクリスチャンではありません。京都在住、24歳です。ところで、私は昔からなぜか牧師さんのおっしゃることに感動して泣いてしまったり、仲良くなった大学の先生がクリスチャンだったり、気付いたら部屋の中がマグダラのマリアの絵だらけになっていたりします。でも家は浄土宗でお寺のお墓にもお参りするし、お盆もするし、お正月には神社におまいりしておみくじをひき一喜一憂します。ですから、自分が一神教のキリスト教になじめるかどうかわかりません。それから、私は高校生のとき集団いじめにあい、そのせいかひどい対人恐怖で人の集まるところに簡単にいくことができません。精神科には長くお世話になっていて抗不安剤を常用しています。かなり深刻の症状がひどいときもあります。悩みを牧師さんに打ち明けたりしたいのですが、じぶんがクリスチャンになれるのか、カトリックに合うのかプロテスタントに合うのか、どういう宗派がいいのか、対人恐怖で教会に行きづらくても信仰していけるのかなど分かりません。おまけに一般的にキリスト教はこうだと言われている思想と違う考えを持っている部分もあるんです。インターネットで近所の教会を探してみたりもしたのですかうまく見つかりません。なんだか悩みを羅列したような感じになりました。ごめんなさい。   

初めまして!

 投稿者:よっちゃんメール  投稿日:2004年 1月13日(火)13時12分56秒
返信・引用
  ここの場で 主にある 心の交流ができたらと思い
今回 初めて 書きこみしました。

私は 長崎市内に住む 31歳の男性で 

 主の十字架クリスチャンセンター神のしもべ長崎教会という
所に所属しているものです。

この掲示板の中では 初心者ですが

なにとぞ よろしく お願い申し上げます。

この場に 主が 導いて下さったことに 感謝いたします。

http://www.rak1.jp/one/user/yoshizawa

 

天にはさかえ、地に平和を

 投稿者:satoメール  投稿日:2003年12月24日(水)16時24分56秒
返信・引用
  主のご降誕を感謝申し上げます。ご無沙汰しました。
更年期の総仕上げ?で体調不良に加えて仕事が忙しかったです。
来る2004年が恵み溢れる年となりますように、
yoshifumさまの上に豊かな導きと祝福がありますように。
(そんでもって景気も回復しますように!)

集っている教会のHPを作りました。よかったらご覧くださいませ。 http://www.shalomchapel.com/

http://www.d6.dion.ne.jp/~r_sato/

 

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